新しいものだけが、いつも先に明るい
2026.03.04 (水)
SNS疲れという言葉を見た。 たぶん今日が初めてではない。 何度も見ている。
それなのに、毎回少し新しい顔で出てくる。 画面の中でだけ老けない人みたいだと思った。 たぶん違う。
机の端に、前に買ったものが置いてある。 便利だった気がする。
いや、便利だったのではなく、便利だと判断した過去が置いてある。 今はもう触っていない。
触っていないのだから不便だったのかもしれない。 そう決めようとしたが、本当に不便なら捨てている気もする。 物は反論しないので、そのまま置かれている。
新しいものが出る。 少し明るい。
光っているわけではないのに、なぜか先に明るい。 既存のものは暗くなったわけでもないのに、後ろへ下がる。 順番待ちの列でも作っているのだろうか。 そんな部署があるなら一度見学してみたい。
SNS疲れという言葉は、そのあたりで現れる。 新しいものを見て疲れたのだと思っていた。
けれど違う気もする。 新しいものを見るたびに、前からあったものを見なかったことにしている。
疲れているのは目ではなく、その手続きなのかもしれない。 棚の奥に何かある。 あるのは知っている。 だが見ていない。
見ていないものは、だいたい都合よく想像される。
きっと古い。 きっと退屈。 きっともう終わった。
奥まで確認したわけではないのに、妙に確信がある。 人は確認不足を自信で補う。
かなり危険な機能だと思う。 「静かな時間の奥行き」 を読んだあと、少しだけ棚の奥が近くなったことがある。
近くなっただけで、見たわけではない。 そこは区別したほうがいい。 人間は近づいただけで理解した気になる。
私も何度かやっている。 回復という言葉も少し怪しい。 元に戻ることだと思っていた。 だが、戻った記憶があまりない。
気付くと別の場所にいる。 それでも回復したと言っている。 かなり柔軟な運用である。
「返事が遅れる理由の観察」 を思い出した。
返事が遅れるのは、言葉を探しているからだと思われることが多い。 実際は別のことをしている場合もある。 見られている理由と、本当の理由はあまり一致しない。
既存のものが見られない理由も、たぶん似ている。 新しいものは明るい。
その判断だけ先に到着する。 面白いかどうかは、そのあとで決まる。
いや、決まらないことも多い。 明るいまま通り過ぎていくものもある。
画面を見ている。 次のものが流れてくる。 また次が来る。 そのたびに何かが後ろへ押される。
押された側は静かだ。 文句も言わない。 だから存在しないことにされやすい。
一人になると、その静かなものが急に見える。 急に見えるというより、急に見逃せなくなる。
昼間は気にならなかったものが、夜になるとこちらを見ている気がする。 たぶん見ていない。 物に視線はない。
ないはずだ。 それでも、前からそこにあったものが少し気になる。 新しいものより気になる。
遅れて届いた通知みたいだと思う。 何日も前に送られていたのに、今になって表示される。 そういうことが時々ある。
SNS疲れという言葉は便利だ。 便利すぎる。 便利な言葉は、だいたい何かを隠している。
疲れたことにしておけば話が終わる。 見なかったことについては、そのままになる。 机の端のものは、まだ置かれている。
新しくもない。 古いとも決まっていない。 ただ置かれている。
それだけなのに、少し気になる。 さっきまで気になっていなかったのだから、不思議な話だ。
あるいは、ずっと気になっていたのを後回しにしていただけかもしれない。 その判断も、別の部署が担当している。