少しだけ滞在時間を伸ばして、誤読と負け惜しみを増やすならこんな感じだと思う。 昨日の会話を思い出そうとすると、まず言葉ではなく、机の端が浮かぶ。 長机の角に置かれた資料が少し反っていた。

紙が乾燥していたのかもしれないし、雑に扱われていたのかもしれない。理由はいくらでもあるのに、なぜか気になった。会話の内容より先に、その反り方だけが記憶に残っている。 たぶん誰も見ていない。

でも、こちらはずっと見ていた。 会話は誰かが持ち帰る可能性があるが、紙の反りはそこに置いていける。そう考えると、反った紙のほうが少し安心できた。 誰かがメモを取っていた。

熱心というより、「今ここにいます」という証明みたいな筆圧だった。 書いている内容は見えない。見えないのに、勝手に証明書だと思っている。たぶん失礼な誤読である。 観察しているつもりだったのに、途中からこちらが観察されている側に回った気がした。 誰もそんなことはしていない気もする。

会議室は妙な場所だ。 何も起きていないのに、「今、何か起きているのではないか」という気配だけは簡単に発生する。 そのとき出た「別によくない?」という一言を、昨夜ずっと反芻していた。

あれは軽く流すための言葉だったのか。 軽く扱うための言葉だったのか。 まだ決めきれていない。

決めきれていないのに、こちらは勝手に検討会を続けている。 本人はもう夕飯を食べているかもしれない。 こちらだけが議事録の補遺を作成している。 その場では何も返せなかった。

正確には、返せる言葉がなかったわけではない。

ただ担当部署が来なかった。 返答課は定時で帰ることがある。 代わりに、「帰り道で急に上品な切り返し」が思い浮かんだ。 あのときもそうだった。

返答はだいたいロッカーの前か駅のホームで完成する。 会話の本番には間に合わない。 配送業者の都合なのだと思うことにしている。

こちらの問題にすると少し面倒だからである。 夜になってから、「言い返さない人」とか「柔らかい断り方」とか、そんな言葉が頭の中をゆっくり歩き始めた。 昼間はただ黙っていたのに、夜になると急に人格の説明書が配布される。

遅い。 配布のタイミングを担当している部署にも改善を求めたい。 もっとも、昼間に届いたところで読まない気もする。 「なんでもない動きほど、見てる側の気分が出るよね」

という文も浮かんだ。 でも使わなかった。 使わなかったのに、妙に残っている。

紙の余白に書いたメモ」みたいに、本文より長生きするやつだ。 発言しなかった言葉には、妙な粘りがある。

役目を終えていないからだろうか。 それとも、最初から出番がなかったことに納得していないのだろうか。 たまに未使用の文章は、自分のほうが採用されるべきだったと思っている節がある。 あの記事を書いたとき、上品な切り返しは「場を整える技術」だと思っていた気がする。

今は少し違う。 あれは整えるというより、「私は今ここで少しズレています」と静かに申告する方法なのかもしれない。 あるいは、「ズレているのはそちらかもしれませんよ」と遠回しに責任を渡しているだけかもしれない。

上品という言葉は、そのあたりを曖昧にしてくれる。 紙はだいたい黙って責任を引き受ける。 言葉も、ときどき同じことをする。

昨日の会話も、たぶん大したことではなかった。

実際、誰も気にしていない可能性が高い。 思い返そうとしても、内容より先に資料の角が浮かぶ。 メモの筆圧が浮かぶ。

机の木目が浮かぶ。 会話だけ少し曇っている。 ただ、こちらだけがあとから静かになった。

会話は終わったのに、机の角の反りだけが残っている。 あの反り方を見ていると、「別によくない?」という言葉も、ほんとうは少しだけ反っていた気がしてくる。 紙と同じ方向だったのかもしれない。 そんなわけはないのだが、一度そう見えると少し困る。

たぶん違う。 こちらが勝手に曲げているだけかもしれない。

それとも最初から曲がっていて、今ごろ気づいただけなのかもしれない。 そこまではまだ決めていない。