冬の曇天の下、コンクリートの四角い枠組みの中に、その背中はあった。 外套の襟が定規で引いたように真っ直ぐで、歩幅は常に一定の呼吸を刻んでいる。 世間が定義する、いわゆる“ちゃんとしてる人”の輪郭がそこにはあった。 信号を待つ姿勢、歩道の白線に沿うようにして進む軌道、それらすべてが、あらかじめ用意された正確な設計図の上を滑っているかのように見える。 世界がノイズで満ちている中で、その一画だけが美しく統治されていた。

少し距離を置いて、その影の端を踏まないように歩く。 その人物は、まるで自分の周囲に透明な壁を建て、その内側で静かな人を全うしているかのようだった。 駅の改札を通過する手際の良さ、自動券売機に吸い込まれる硬貨の音さえも、その人の一部として静謐に回収されていく。 周囲の雑踏がどれほど騒がしくとも、その存在の周りだけは、静かな人特有の、流れを乱さない時間が流れている。 一人の時間を頑なに守るための、目に見えない結界がそこには存在していた。

階段を降りる足音は、コンクリートに吸い込まれるようにして響かない。 その人は、他者と交わることをあらかじめ拒絶しているわけではないのだろうが、結果として、周囲の風景から完全に自立している。 混雑するプラットホームで、その人はただ一枚のガラス板のように佇んでいた。 誰かを待つ風でもなく、携帯電話の画面を追う風でもない。ただそこに、一人の時間を深く沈殿させている。 その静けさは、周囲の喧騒を反射して弾き返す。

電車が滑り込んできて、ドアが開く。 その人は、押し寄せる人の波を柔らかくかわし、車両の隅の、最も視線が集まらない位置へと身体を収めた。 窓硝子に映るその横顔は、やはりどこまでも“ちゃんとしてる人”のそれであり、 同時に、世界のどこにも属していないような希薄さを抱えている。 吊り革を握る指先さえも、物理的な法則に従っているだけで、そこには何の主張もない。 車窓を流れる灰色の景色と、その人の静かな佇まいが、奇妙な調和を見せていた。

次の駅で、その人は滑るようにして降車した。改札を出て、狭い路地へと入っていく。 角を曲がるたびに、その背中は小さくなり、街の模様の一部へと溶けていく。 完璧に制御された歩行は、何かを目指しているというよりは、ただ世界の中に、一人の時間を静かに配置し続けるための儀式のように見えた。 やがて、小さな書店の角を曲がったところで、その輪郭は完全に見えなくなった。 残されたのは、ただ冷たい空気が滞留する、誰もいない路地の景色だけだった。