夜と朝の境目に、まだ名前の付いていない色が薄く滞っている。 街灯は消えきらず、空は明るくなりきらない。 誰かの一日が始まる前に、別の一日が静かに終わっているように見える。 歩道の白線は冷えていて、靴底に返ってくる硬さが少しだけ遅い。

缶コーヒーの口を開けると、鉄のような匂いが先に出て、遅れて甘さが追いかけてくる。 その順番が、この時間帯の秩序に似ている。

通り過ぎる人は少ない。言葉を交わさなくて済む距離が保たれている。 「一人の時間は、誰にも奪われない」代わりに、何も保証しない。 歩きながら、昨日の会話の断片が混じる。 「空気を壊さない返答を選んだ場面」が、いくつか浮かんで、いくつかは浮かばない。 選ばれなかった言葉は、たぶんまだ体のどこかに残っている。 言葉を選ぶ人の沈黙は、選択の痕跡で満ちている。

交差点の信号が、意味より先に色を変える。 誰もいない横断歩道を渡るとき、規則は景色の一部に戻る。 ここでは、空気を壊さない返答も、正しさも、同じくらい軽い。

風が少しだけ強くなり、ビルの角で渦を巻く。 朝焼けは均一ではなく、むらになって広がる。 均一でないものの方が、遠くまで届く気配がある。

ポケットの中で、未送信の言葉が重さを持つ。 外部の誰かの声が、遅れて思考に混ざることがある。 さっきまで自分のものだったはずの判断が、どこかで角度を変える。 空気を壊さない返答を選んだ理由が、別の説明に置き換わる。 置き換わった説明もまた、しばらくすると剥がれていく。

缶の底に残った温度が、指先に集まる。 飲み切る前に、味は少しだけ変わる。 変わったことを確かめるほどでもなく、変わっていないとも言い切れない。 歩幅がわずかに揃って、また崩れる。 遠くで電車の音がして、ここには届かない振動だけが空気を撫でる。 何かが始まる直前の時間は、始まりの形を決めないまま続いている。