日曜日の午後、高架下の駐輪場に白い自転車が入ってきた。 ゆっくり空いている場所を探している。

そう見えた。 だが見ているうちに、自転車のほうが空いている場所を探しているのではなく、空いている場所が自転車を呼んでいるような気もしてきた。 前輪が金属のレールに収まる。 カチリと音がした。

それで話は終わったらしい。 乗っていた人は鍵をかけ、サドルを一度だけ撫でて立ち去った。 確認だったのだと思う。 何の確認かは知らない。

自転車がいることの確認かもしれないし、自分が帰ることの確認かもしれない。 確認という言葉は便利なので、とりあえずそこへ置いておく。 白い自転車はもう動かない。

数秒前まで動いていたはずなのに、最初からそこにいたような顔をしている。 少し納得がいかない。 しかし納得がいかないからといって、自転車に事情聴取をするわけにもいかない。

自転車はそういう場に協力的ではない。 並んだ車輪を見ていると、列が妙に整って見えた。 規則正しい。 だが実際にはハンドルの向きもサドルの高さもばらばらである。

整っているのは自転車ではなく、私の目のほうなのかもしれない。 目は勝手に話をまとめたがる。 たぶん編集者気質なのだと思う。

違うかもしれない。 駅へ向かう途中、エスカレーターの前を通る。 人が乗る。 次の人も乗る。

その少し前で、みんな一瞬だけ遅くなる。 考えているのかと思った。 しかし考えている顔ではなかった。

足が何か確認しているらしい。 本人より先に足が理解していることがある。 私はたまにそれが気に入らない。

身体のほうが話を進めてしまう。 それでも結局乗るので、反論としては弱い。 以前、段差のほうが先に話を決めている気がしたことがある。 今回も少し似ている。

少しだけ。 高架下を抜けると、擁壁に丸い排水口が見えた。 黒い筋が下へ伸びている。 最初は顔に見えた。

疲れた顔だった。 雨の跡である。 雨の跡なのだが、一度顔になってしまうと簡単には戻らない。

私は何度か見直した。 それでも少し顔だった。 壁には四本の錆びたボルトが残っていた。

何かがあった場所らしい。 看板かもしれない。 そう思った。 しかし、看板だった証拠はどこにもない。

私は勝手に撤去まで済ませている。 ずいぶん仕事が早い。 壁は何も言っていないのに。

錆だけが残っている。 その様子を見ていると、消えたものより残ったほうが話好きなのかもしれないと思った。 あとで考えると、たぶん逆である。 交差点の角に自動販売機が三台並んでいた。

表側ではなく裏側を見る。 配管やメーターが集まっている。 機械の背中に見えた。 背中ということは油断しているのだろうと思った。

ところが全然油断していない。 熱を出している。 音も出している。 むしろ表側より働いているように見える。

勝手な偏見だった。 背中だから静かだろうと思ったのだ。

人間相手なら通用するのかもしれないが、自動販売機はあまり気を遣ってくれない。 夜になれば光るだろう。 昼でも光っている。

誰も見ていなくても光っている。 以前、背景のほうが本体より熱心に働いている気がしたことがある。 あれも少し似ている。 少しだけ。 住宅街の郵便局の前を通る。 扉に紙が貼ってある。

「ただいま大変混み合っております」

中を見る。 誰もいない。 もう一度紙を見る。

混み合っている。 中を見る。 やはりいない。

紙と現実の意見が割れていた。 しばらく考えて、紙が担当している時間と私が担当している時間が違うことにした。 担当部署の問題である。 紙はだいたい黙って責任を引き受ける。

その奥には仕切り板があり、小さな隙間がある。 書類を渡す場所らしい。 その手前にゴムマットが敷いてある。 ペンを置く場所も決まっている。

私はそれを見て、手の動きにも通り道があるのかもしれないと思った。 思ったが、自分の机を見ると全然そうなっていない。 例外はだいたい自宅にある。

家具の量販店へ入る。 ソファが置いてある。 一人の客が立ち止まり、布地を撫でた。

座らない。 撫でただけで去っていく。 確認だったのだろう。

何の確認なのかは知らない。 今日はそういう確認ばかり見ている。 ソファを見る。

触られたはずなのに平然としている。 痕跡が残っていてもよさそうだが、残っていない。 少し冷たい。

だが考えてみれば、勝手に触られて跡まで残していたら大変である。 触れられたことを大げさに報告しないところは、少し見習ったほうがいいのかもしれない。 ソファのほうが正しい。

本棚には本が並んでいる。 近づくと読めない。 読むための本ではなかった。 背表紙だけ担当している。

その仕事は退屈そうに見えた。 しかし退屈そうに見える仕事ほど、本人は気に入っていることがある。 本人ではないが。 棚の中の空の額縁も黙っている。

本も黙っている。 静かな部屋だった。 静かな部屋を再現するために集められた物たちなのだから、当然かもしれない。

いや、当然ではないかもしれない。 静かそうな人ほどよく喋ることがある。 店を出る。

西の空が暗くなり始めていた。 植え込みの葉が一瞬だけ光る。 すぐ消える。

その近くの電柱に透明なビニール傘が立てかけられていた。 忘れ物だと思った。 だが妙に姿勢がいい。

待ち合わせ中にも見える。 傘に予定などない。 ないはずである。

通り過ぎてから振り返る。 まだそこにいる。 当然である。 当然なのだが、少しだけ誰かを待っているようにも見えた。

たぶん違う。