少し離れた場所で、ひとりの人がパンを選んでいた。 トレーを持っているのに、なかなか何も乗せない。 最初は迷っているのかと思った。

クリームパンとあんパンのあいだで人生の分岐点でも迎えているのかもしれない、と勝手に考えたが、見ているうちに違う気がしてきた。 迷っている人は、もう少し手が動く。 その人は動かなかった。 ただ立っていた。

棚を見ているというより、棚の前に置かれていた。 列が少し止まった。 前の会計で何か確認があったらしい。

後ろの人たちも止まった。 その人も止まった。 当然なのだが、止まり方が妙に自然だった。

まるで最初から動く予定がなかったみたいだった。 私は勝手に感心した。 こういう人がいると列は揉めないのだろう。

たぶん担当部署がある。 急ぐ部署と、待つ部署だ。 私の中の急ぐ部署はよく暴走するので、こういう人を見ると外部委託したくなる。 その人は少しだけ前へ進んだ。

半歩くらいだった。 半歩なのに、前の人との距離がほとんど変わらなかった。 私は一度、その距離を見誤った。

近づいたように見えたのだが、もう一度見るとそうでもない。 人ではなく距離のほうが移動している気がした。 たぶん違う。

パン屋で距離だけが歩くわけがない。 ただ、そのくらい動きが薄かった。

ふと、 「隅で頷いていた人」 を思い出した。 あのときも、何を見ていたのか途中で分からなくなった。 人を見ていたはずなのに、気づくと周囲の空気のほうを観察していた。

その人は商品を取った。 食パンだった。 少し前には、

改札の流れから半歩だけ外れていた人」 のことも思い出していた。 あの人も歩いていたはずなのに、移動しているという感じが薄かった。

人混みのほうが勝手に避けていたように見えた。 もちろんそんなことはない。 人混みには担当者がいない。 私は少し安心した。

理由は分からない。 勝手な話だが、食パンを選ぶ人は信用できる気がする。 毎回そう思う。

そして毎回、根拠がないことも知っている。 その人が財布を出した。

カードが並んでいるのが見えた。 綺麗に整理されているように見えたが、それも思い込みかもしれない。 実際にはぐちゃぐちゃなのに、一瞬だけ整列して見えただけかもしれない。 人はたまに一瞬だけ優秀に見える。

私も写真なら少しくらいは賢そうに写る。 だから財布だけで判断するのは良くない。 良くないのだが、もう少し見ていた。 その人がこちらを見た。

見たというより、確認した。 私はその視線を勝手に監視だと思った。 次の瞬間には違うと思った。

監視する理由がない。 パンしかない。 店内に陰謀もない。 それでも見つかった気がした。

見ていた側なのに、なぜかこちらが発見された側になった。 私は視線を外した。 意味もなくトングを持ち直した。

トングは何も悪くないのだが、こういうときはだいたい責任を押しつけられる。 トレーの上には何も乗っていなかった。