夜、動画の一覧に、木のカップを拭いている手元だけが流れていた。 布の繊維が、薄い輪郭みたいに木目をなぞっていて、拭くというより、静かに表面を撫で直しているように見えた。 音はほとんどなく、照明だけが少し暖かかった。

昨日、「なんか急に“丁寧な人”になってない?」と言われた。 笑いながらだった気もするし、確認みたいにも聞こえた。 その場では、「え、ちゃんとしたいだけなんだけど」と返した。返した、というより、先に置いてしまった感じがある。 机の端に、とりあえず鍵を置く時みたいに。

言葉が遅い人を見ていると、返答を作っているというより、「どこまで削るかを考えている」ように見える時がある。 言い返さない人も、黙っているわけではなく、どの形なら場面に触れずに済むかを探しているだけかもしれない。 上品な切り返しという言葉は、たまに変だと思う。切り返しているのに、切っている感じがしない。むしろ少し後ろへ下がる動きに近い。

本当は別の返答があった。 「ふふっ、そこ引っかかるなら今日は成功かも」 夜になってから浮かんだ。 昼間には無かった声だった。

でも、その言葉も、少し磨かれすぎている感じがした。 木のカップを拭く動画の手元みたいに、表面が静かすぎる。 ああいう上品な切り返しは、相手に返すというより、自分の輪郭を細く整えるための動作なのかもしれない。 だから会話の直後には出てこない。 現場には湯気とか、瞬きとか、相手の笑い方が残っていて、理想だけ綺麗に取り出すには少し狭い。

あとから到着する言葉は、「だいたい少し完成して」いる。 遅刻してきたくせに、服だけ整っている人みたいだった。

昼の返答は、防御だった気もする。 “ちゃんとしたいだけ”という言い方は便利で、少し曇っている。 丁寧になったと言われた時、本当は何を見られていたのか、まだよく分からない。 喋る速度かもしれないし、前より余白を残すようになったことかもしれない。 あるいは、前ほど急いで説明しなくなったことかもしれなかった。

動画の中では、木のカップが何度も同じ角度で回されていた。 拭いているというより、光の当たり方を確かめているようだった。 人もたまに、会話のあとで同じ場面を回している。 傷を探しているのか、艶を見ているのかは、少し曖昧なまま。