電車の窓に並ぶ影の使い道
2026.06.07 (日)
窓の外は暗くなっていて、車内の光がそのままガラスに映っていた。 向かい側の座席には四人ほど並んでいて、全員がスマホを見ていた。 実際にはもっと人がいたのだが、先に目に入ったのは人ではなく影だった。 窓ガラスに映った影は、みんな少しうつむいている。
同じ姿勢に見える。 手元だけがわずかに動く。 電車が揺れるたびに影も揺れる。 広告の照明が流れると、一瞬だけ顔の輪郭が濃くなり、また薄くなる。
影だけを見ると、何かの儀式にも見えた。 もちろん違う。
そんなわけがない。 たぶん。 車両の端から端まで見渡してみる。
十人以上は確認できたが、スマホを持っていない影は二つか三つしか見つからなかった。 数え方が雑だったので本当は違うかもしれない。 だが、そのくらいには多かった。 「誰もが何かを集めている」ように見える。
ニュース。 勉強。 仕事。 投資。 資格。 知らない知識。 知らない世界。
そういうものだと思った。
自分も少し焦ってスマホを取り出した。 ただ、何を集めればいいのかは分からなかった。 情報を集めようと思って検索窓を開き、何も入力せず閉じた。
集める物の名前を知らない。 網だけ持って海に来たような感じだった。 窓を見る。 影たちはまだうつむいている。
ふと、全員が有用な情報を見ているという前提がおかしい気がした。 反論したくなった。 そんなに人類が勤勉なわけがない。
昼間に友達と会っていたから分かる。 人はもっと適当だ。 焼肉の話もするし、変な動画も見るし、犬が転ぶ映像でも笑う。 なのに電車に乗ると急に全員が自己研鑽しているように見える。 影のせいかもしれない。
「影は内容を消して」しまう。 勉強も動画もゲームも同じ姿勢になる。 努力している影と、ただ暇な影の区別がつかない。 窓ガラスの中では全部が似た形だった。 それなのに勝手に意味を読み込んでいたらしい。
少し安心した。 安心するのも変な話だが、みんなが有用なことをしている世界より、そうでもない世界のほうが居心地がいい。
負け惜しみかもしれない。 たぶん負け惜しみだろう。 しかし負け惜しみにも居場所くらいある。 再び窓を見る。
トンネルを抜けると、ガラスの向こうの闇が濃くなった。 影だけが残る。 スマホの光だけが小さく浮いている。
何を見ているのかは分からない。 有用なのかも分からない。 分からないまま駅が近づき、ドア上の液晶表示だけが少し明るかった。