窓の外は暗くなっていて、車内の光がそのままガラスに映っていた。 向かい側の座席には四人ほど並んでいて、全員がスマホを見ていた。 実際にはもっと人がいたのだが、先に目に入ったのは人ではなく影だった。 窓ガラスに映った影は、みんな少しうつむいている。

同じ姿勢に見える。 手元だけがわずかに動く。 電車が揺れるたびに影も揺れる。 広告の照明が流れると、一瞬だけ顔の輪郭が濃くなり、また薄くなる。

影だけを見ると、何かの儀式にも見えた。 もちろん違う。

そんなわけがない。 たぶん。 車両の端から端まで見渡してみる。

十人以上は確認できたが、スマホを持っていない影は二つか三つしか見つからなかった。 数え方が雑だったので本当は違うかもしれない。 だが、そのくらいには多かった。 「誰もが何かを集めている」ように見える。

ニュース。 勉強。 仕事。 投資。 資格。 知らない知識。 知らない世界。

そういうものだと思った。

自分も少し焦ってスマホを取り出した。 ただ、何を集めればいいのかは分からなかった。 情報を集めようと思って検索窓を開き、何も入力せず閉じた。

集める物の名前を知らない。 網だけ持って海に来たような感じだった。 窓を見る。 影たちはまだうつむいている。

ふと、全員が有用な情報を見ているという前提がおかしい気がした。 反論したくなった。 そんなに人類が勤勉なわけがない。

昼間に友達と会っていたから分かる。 人はもっと適当だ。 焼肉の話もするし、変な動画も見るし、犬が転ぶ映像でも笑う。 なのに電車に乗ると急に全員が自己研鑽しているように見える。 影のせいかもしれない。

影は内容を消して」しまう。 勉強も動画もゲームも同じ姿勢になる。 努力している影と、ただ暇な影の区別がつかない。 窓ガラスの中では全部が似た形だった。 それなのに勝手に意味を読み込んでいたらしい。

少し安心した。 安心するのも変な話だが、みんなが有用なことをしている世界より、そうでもない世界のほうが居心地がいい。

負け惜しみかもしれない。 たぶん負け惜しみだろう。 しかし負け惜しみにも居場所くらいある。 再び窓を見る。

トンネルを抜けると、ガラスの向こうの闇が濃くなった。 影だけが残る。 スマホの光だけが小さく浮いている。

何を見ているのかは分からない。 有用なのかも分からない。 分からないまま駅が近づき、ドア上の液晶表示だけが少し明るかった。