会社を出たあと、駅へ向かう途中のビルの窓に夕方の光が残っていた。 窓というより、ほとんど鏡だった。 向かいの建物が映り、その手前を歩く人影が横切る。実際の奥行きがどこまでで、映り込みがどこからなのか少し分からなくなる。

その窓の前を、同じタイミングで会社を出たらしい女性が通り過ぎた。 右手にスマホ。 左手にロング缶のチューハイ。 白っぽいイヤホン。 歩幅は大きめだった。

急いでいるようにも見えたし、急いでいるように見える速度で歩く習慣があるだけにも見えた。 窓にはその姿が二重に映っていた。 一人なのに二人いる。

正確には違うのだが、少しだけ増えて見える。 そのせいで、一瞬だけ誰かと並んで帰っているのかと思った。 勘違いだった。

窓はそういうことをする」。 増やしたり減らしたりする。 駅前の不動産屋の窓にも、物件情報より先に自分の姿が映ることがある。家を探しているのか、自分を確認しているのか分からなくなる。

そういえば昔、夜の電車の窓に映る自分を向かいの乗客だと思って会釈しかけたことがあった。 相手も同じタイミングで頭を下げたので怪しいと思った。 思い返すとかなり怪しいのはこちら側だった気もする。

その女性は信号待ちで立ち止まり、スマホを見た。 窓の映り込みの中でも同じ動きをしていた。 「本物と反射が数十センチほどずれて並んで」いる。 二つの世界が少しだけ噛み合っていない。

その様子を見ていたら、チューハイを持っている理由も勝手に読み始めてしまった。 制御できない世界から距離を取るためなのかもしれない。 判断力を鈍らせるためなのかもしれない。

だが、少し待てとも思った。 ロング缶を持っているだけで、なぜそんな話になるのだろう。 喉が渇いていただけかもしれない。

特売だったのかもしれない。 家に帰ったら冷蔵庫が壊れていて、とりあえず今のうちに冷たい状態で持ち帰りたかったのかもしれない。 かなり苦しい反論だが、こちらの想像も十分苦しい。 信号が青になり、女性はまた歩き始めた。

窓の中の人も同じように歩いた。 先に消えたのは窓の中の方だった。 角度が変わっただけで、そこにはもう誰も映っていなかった。

実際の人はまだ少し先を歩いている。 消えたわけではない。 ただ窓の担当範囲から外れただけだった。

私もそのまま歩いた。 ビルの一階には閉店後の美容室があり、窓際に銀色のドライヤーが一本だけ残っていた。