残された窓の読み違い
2026.06.18 (木)
公園の桜の木の横を歩いていると、古い建物の二階にある窓が目に入った。 最初はただの窓だった。四角く切り取られたガラスがあり、白い枠があり、その奥には薄暗い部屋がある。 朝の光を受けて、左側のガラスだけが少し青く見えた。右側には細いひびのような線が一本走っていた。
どう見えたかと言えば、その窓は何かを見送った後の顔をしていた。 たぶん窓に顔などない。人間は無機物に勝手な表情をつける癖がある。 石ころにも性格を与えるくらいだから、窓一枚ならまだ軽症だと思う。
窓枠の下には、「以前そこに置かれていた看板の影の跡」が残っていた。
黒ずんだ四角形が壁に浮かんでいる。近くの別の建物では、取り外された文字の跡が読めそうなくらい残っていた。 残すつもりがなかったものほど、妙に正確に残る。 窓から見える景色も、同じように誰かが残そうとしたわけではないのに、毎朝少しずつ積み重なっている。
少し読むなら、この窓は閉じたまま何かを保存しているようにも見えた。 カーテンは半分だけ閉まっていて、窓の中央から向こう側が少しだけ覗ける。 空き部屋なのか、まだ使われているのかは分からない。窓は答えを出さない。 ガラスというものは便利なもので、見えるのに入れない。人間が作った割には、ずいぶん曖昧な仕組みだと思う。
別の解釈を疑う。 もしかすると、「この窓には何も残っていないのかも」しれない。
ただ古くなって、汚れて、交換されていないだけかもしれない。 こちらが勝手に意味を拾っている可能性もある。 拾ったつもりのものが、ただ落ちていただけということもある。
少し納得する。窓はそこにあるだけで、外と内側を分けている。 残す意思がなくても境界として残る。少し納得したところで、その考えも疑う。 そもそも私は何を見ていたのか。窓なのか、窓に映った自分の都合なのか。
朝の時間が足りない気がしたので、時計のせいにした。 急ぐ理由はなかったが、立ち止まる理由も特になかった。 時計が少し早く進んでいることにしておけば、歩き出す判断も簡単になる。たぶん時計は関係ない。
桜の枝が風で揺れて、窓の端に一瞬だけ影が移った。 もう一度見ると何もなかった。違ったのだろうが、そのままにしておいた。 窓の横に置かれた古い植木鉢だけが、朝の光を受けていた。
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