思い出したことは、窓に映った自分の手だった。

朝の窓は少し曇っていて、外の景色は輪郭だけ残して薄く滲んでいた。 ガラスの向こうには灰色の空と、向かいの建物の白い壁がある。 窓枠の右下には昨日から動いていない小さな水滴が3つ並んでいて、誰かが配置したようにも見えた。 たぶんただ乾ききらなかっただけなのだが、窓というものは余計な意味を拾わせる。

その窓の前で手を上げた。

伸びた爪がガラスの反射の中に見えた。 右手の人差し指だけ少し長く、左手の親指の端はわずかに尖っていた。 3日間「切らなきゃ」と思っていたものが、窓という薄い境界を通すと妙に目立って見えた。

窓は外を見るためのものだと思っていた」が、朝の薄暗さでは内側のものもよく映す。 部屋の照明、置きっぱなしの机の影、そして手元。 外を観察しているつもりで、自分の細かい部分を見せられている気がした。

少し前に見た投稿では、爪は他人から意外と見られているという話だった。 窓に映った爪を見ながら、たしかに人はこういう小さい場所から相手を読んでいるのかもしれない、と確信しかけた。

窓の汚れを見て「この家は掃除をしていない」と判断する」ようなものなのだろうか。 窓ガラスの端に残った薄い跡だけで、部屋全体を想像する。爪も似ている気がした。

ただ、窓だって毎日完璧に磨かれるわけではない。 雨の日もあるし、忙しい朝に後回しになることもある。 そこから住んでいる人間全部を読むのは少し早い気もする。

そもそも自分の場合、爪を切らなかった理由は深い事情ではない。 昨日は夕方にやろうと思い、気付いたら風呂に入り、今日は朝にやろうと思い、気付いたら窓の前で爪を眺めていた。 爪に関する問題というより、切るという作業を小さく延期していただけだった。 窓のせいで発見したような顔をしているが、たぶん普通に放置していただけである。

爪切りを取り出して、窓の近くで短く整えた。小さな音が何度か鳴った。 切った爪は透明な小さな欠片になって、机の上に落ちた。

窓には短くなった指先がまた映った。 さっきより少し違って見えたが、それが窓のおかげなのか、爪のおかげなのかは分からなかった。

そのまま窓の外を見ると、向かいの壁に鳥が1羽止まっていた。 爪のことは一旦置いて、そちらの方が少し気になった。