影の居場所
2026.06.17 (水)
桜の木の影が、歩道の上に細長く伸びていた。 朝の光はまだ低い位置にあったらしく、幹の影は黒に近く、枝の影は細い線になって道路側へ広がっていた。 地面には小さな葉の形まで残っていて、まるで誰かが桜の木を紙の上に置いて、鉛筆でなぞった途中のようだった。 最初、影は「木の本体が落とした忘れ物」だと思った。
もちろん違う。ただ、木の横に木とは別の形が置いてあるのを見ると、そう読み違えても仕方がない気がする。 影というものは本人のような顔をしているのに、触れないし、持ち帰れない。 公園の管理人も、たぶん落とし物として拾わない。
少し歩いて、また振り返った。 影はまだ同じ場所にいた。 数歩離れただけなのに、枝の形は少し変わっていた。 葉の隙間から光が漏れて、昨日まで誰かが決めていた配置を、朝ごとに組み替えているように見えた。
そこで少し確信しかけた。 「影にも合う場所があるのかもしれない」、と。 桜の木が明るい場所に立っているから、影は暗い場所に広がる。葉が多い部分では細かく分かれ、枝の少ない部分では大きく残る。 同じ影なのに、置かれる場所によって形が変わる。
それを見ていると、12色のクレヨンの箱を思い出した。 全部を同じ回数使った絵より、必要な場所に必要な色を置いた絵の方が自然に見えることがある。
ただ、そこで少し引っかかった。 そもそも「必要な色」と決めているのは誰なのか。 青は空、緑は葉、紫は紫陽花。 そう並べて安心しているけれど、最初に分類した時点で、もう少し勝手な線を引いている気もする。
影の形を見ながら、これは木の影だ、と決めている自分も同じなのかもしれない。 いや、そこまで大げさな話ではない気もする。
ただ桜の横に落ちている黒い形を眺めていただけなのに、少し考えすぎた気がする。 影のせいにしておくことにした。影は何も反論しないので都合がいい。
歩き出すと、靴の先が影の端を少し踏んだ。 影は消えなかった。
でも、踏まれた側がどちらなのかは、まだよく分からなかった。
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