今日は歩道が少し明るく見えた。

夜になってから外へ出たわけではない。 ただ寝る前に窓の外を見て、昼間歩いた歩道の色を思い出しただけだった。 灰色というには白く、白というには少し土が混じっている。 四角い舗装が規則正しく並び、その継ぎ目だけが細い影になっていた。 昼間は風が弱く、乾いた洗濯物を取り込む音だけが二度聞こえた気がする。 実際に二度鳴ったのか、一度を思い返しただけなのかは曖昧だった。

歩道は誰かを急がせるもの」だと思っていた。

会社へ向かう日には、その上を一定の速さで歩く。 信号まであと二十メートルくらいになると少しだけ歩幅を変える。 歩道はそういう調整を受け入れるための帯のようなものだと思っていた。

今日は違った。

体調があまり良くなかったので会社は休んだ。 予定もそのまま休ませた。 寝て、起きて、水を飲み、また寝た。 途中で洗濯機だけは回した。 濡れたシャツを干すとき、洗濯ばさみを一つ落として、拾うのが少し面倒だった。 それでも拾った。別に褒められるほどの行動ではない。 落ちたままでも困るのは明日の自分くらいだから、放置する理由もあまりなかった。

昼過ぎ、洗濯物を取り込むために少しだけ外へ出た。

歩道には人が二人しかいなかった。 一人は犬と並んで歩き、もう一人は自転車を押していた。 犬は歩道の端を選び、自転車は中央を選んでいた。 誰が決めたわけでもない配置なのに、最初からそういう図面だったように収まっていた。

その歩道を見ていると、今日は自分も歩道に休ませてもらっていた気がした。

少し確信しかけた。

歩道は歩くためではなく、急がなくても形が崩れない場所なのかもしれない、と。

たぶん違う。

歩道はただの舗装で、そんな役目は引き受けていない。 勝手に役職を与えられても困るだろう。 だいたい、昼間ずっと寝ていた人間に道路の仕事内容を決められても迷惑だ。

それでも、会社へ向かわなかった歩道は、会社へ向かった昨日の歩道と同じ形をしていた。

こちらだけ予定を変えた。

歩道は変えなかった。

そう考えると、「今日は何もしなかった」という言い方も少し変に思えた。 寝ることは寝ることで、洗濯物は乾いて、部屋の隅から洗剤の匂いが少しだけ残っている。 全部止まっていたわけではない。

「再起動」という言葉が頭に浮かぶ。

便利すぎるので少し嫌だった。 人間まで機械になったようで落ち着かない。 別の言葉を探したが見つからず、とりあえず保留にした。 言葉を変えても、今日たくさん寝た事実までは変わらない。

明日また歩道を歩けば、同じ継ぎ目を踏むのだろうか。 あるいは、一枚だけ違う場所を踏んでいたとしても、自分は気づけるのだろうか。