紙袋の三回目
2026.07.31 (金)
晴れた朝だった。たまたま座席が空いていて、そのまま腰を下ろした。 電車はまだ少し余裕があって、ドアの近くには立っている人が数人いるくらいだった。
目の前に立った女性が、デパートの地下にある洋菓子店の紙袋を持っていた。 落ち着いた色で、店名は半分ほど腕に隠れている。 袋の角だけが白く擦れていた。四つある角のうち二つが白い。 底も少し柔らかくなっている。
電車が継ぎ目を通るたび、ゴトン、と床が鳴る。 そのたびに紙袋がわずかに揺れ、持ち手がきゅっと鳴いた。 紙の音は小さいのに、不思議と聞こえる。 新品の紙袋なら、もう少し張りのある音だった気がする。
角の擦れ方を見ていると、この袋は三回目くらいの出番ではないかと思えてきた。 一回目はもちろんケーキだろう。 箱がぴったり収まるように作られている袋だから、その仕事はちゃんと果たしたはずだ。
二回目は何だったのだろう。 書類かもしれない。いや、 紙袋の底が少し沈んでいるから、もう少し重いものだった気もする。
今日は三回目だ。
ビジネスカジュアルの服装だから、昼の弁当を入れているのではないかと勝手に考えた。 コンビニ袋より丈夫だし、中身も見えない。理屈はある。
ただ、弁当にしては少し袋が大きい。
水筒まで入っているのかもしれない。
いや、水筒なら角はこんな擦れ方をしない気もする。
ゴトン。
また紙袋が少し揺れる。
私はその揺れに合わせて、「中身まで揺れている様子」を勝手に想像している。
ずいぶん迷惑な乗客だと思う。 他人の荷物を見て、中身ではなく履歴を考えている。 防犯カメラより役に立たない観察だ。
それでも紙袋は履歴を隠すのが少し下手だ。
白くなった角も、持ち手のゆるみも、横に一本だけ入った浅いしわも、 「何かを運んだことがあります」と「紙のほうから勝手にしゃべって」しまっている。
もちろん全部勘違いかもしれない。 角は最初の日から擦れていたのかもしれないし、しわも店員が渡すときについたものかもしれない。
それなら三回目ではなく、一回目だ。
一回目でも別に困らない。
少し残念なだけだ。
私は三回目くらいがいちばん好きだったらしい。 新品でもなく、引退前でもない、中途半端な回数だ。 その中途半端さに理由をつけて眺めていただけで、紙袋は最初から何も話していなかったのかもしれない。
電車が次の駅へ近づくと、ブレーキの低い音が床から伝わってきた。 女性は紙袋を持ち直した。白くなった角が一瞬だけこちらを向いて、それから人の流れの中へ隠れてしまった。 私はまだ弁当の可能性を捨てきれなかったが、その担当はたぶん私ではない。