借りものみたいな朝
2026.07.30 (木)
会社の最寄り駅を出たところで、一人だけ輪郭の濃い人とすれ違った。 黒いジャケットに皺がなく、靴は曇り空まで映しそうなくらい光っていた。 歩幅は一定で、信号機の電子音が鳴っても速くならない。 表情まで何かの準備が終わっているようだった。
たぶん今日という日を、朝のうちに完成させてきた人なのだと思った。
その人がどこへ向かうのか少し気になった。 会議なのか、撮影なのか、それともただコンビニで牛乳を買うだけなのか。 その先は見えないのに、勝手に予定だけ増えていく。 想像は便利だが、行ける範囲は案外狭い。 「その人の後ろ姿の延長線上までしか届かない」。
後をつけたら、その先まで見えるのだろうかと一瞬だけ思った。
やらないけど。
改札横のカフェの窓際では、白い皿が何枚か重ねられていた。 店員が一枚持ち上げるたびに、小さく乾いた音がする。 皿は平らなのに、重ねると少しだけ傾いて見える。 縁が少し反っているせいなのか、光のせいなのかは分からない。
あの人も、あんな皿みたいだったのかもしれないと思った。
一枚だけでは普通なのに、周囲と並ぶと急に形がはっきりする。 駅には人がたくさんいるのに、その人だけ輪郭がよく見えたのは、服装ではなく重なり方だったのかもしれない。
そう考えかけて、皿は自分で重なり方を選べないと気づく。
だから違う気もした。
それでも店員は皿を軽く回してから棚へ戻していた。 向きが気になるのだろう。 「ほとんど同じ白い皿」なのに、その一枚だけ少し位置を直す。 見ても分からない程度の違いだった。
自分なら、そのままでいいと思う。
いや、本当は少し気になるかもしれない。 でも仕事へ向かう途中でそんなことを認めると、朝から負けた気がするので認めないことにした。 どうでもいい抵抗である。
信号が青になり、人の流れが動く。
さっきの人はもう見えなかった。
仕事へ向かう足はいつもと同じ速さで、靴も磨かれてはいなかった。 だから今日が別の日になる気はしなかったが、あの人は今日をどこまで完成させるつもりだったのだろう。
それとも、あれは完成ではなく、重ねられた皿の向きを誰にも分からないくらい少しだけ直した、その程度の朝だったのだろうか。
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