朝から日差しが強かった。 洗濯機が止まる電子音が聞こえて、まだ八時にもなっていないのに、もう空気だけは昼の準備を始めているようだった。 濡れたタオルを抱えてベランダへ出る。 白い物干し竿は光を反射していて、先端の黒い樹脂キャップだけが少し熱をため込んでいるように見えた。

そのすぐ手前に蟻が一匹いた。

最初は小さな傷だと思った。 黒い点が細長く見えたので、物干し竿の塗装が剥がれたのかと思ったが、その点は急に向きを変えて歩き始めた。 傷は歩かない。 「当たり前のことを少し遅れて理解」する。

先端まで行けば行き止まりだろうと思った。 けれど蟻には、そこが先端ではないのかもしれない。 こちらが勝手に「終わり」と呼んでいるだけで、蟻の地図にはまだ何か描かれている可能性もある。 少し確信しかけたが、竿の先に新しい大陸があるわけでもないので、その考えは暑さのせいにしておいた。

時間がある朝なら、指に乗せて植木鉢の縁あたりへ移すことがある。 「ここには探しているものはないよ」と言った気になる。 ずいぶん親切な役を演じているが、頼まれた記憶はない。 今日はそのままにした。急いでいたからというより、急がない理由も見当たらなかっただけだった。

タオルを一枚掛ける。 物干し竿が低く鳴って、小さくしなる。

その揺れが伝わると、蟻の足が急に忙しくなった。 右へ行き、戻り、少し止まり、また歩く。 慌てているようにも見えたし、普段通りなのをこちらが慌てて読んでいるだけにも見えた。

「大丈夫だよ。安全だから。」

声には出さずに思った。

伝わる方法は知らない。 蟻に思念の部署があるのかも知らない。 それでも、言葉より軽い何かなら届くかもしれないと少しだけ期待した。 届かなかったとしても、その責任は思念側にあることにした。 どうでもいい抵抗である。

蟻は何事もなかったように歩き続ける。

安心したからではない。 最初から安心などしていなかったのかもしれない。 こちらが勝手に危険を作り、勝手に安全を宣言しただけにも思えてきた。 見守るという言葉も少し違う。 見ていただけだ。 いや、見ていたというより、「見られていた時間」だったのかもしれない。

二枚目のタオルを掛けても、三枚目を掛けても、蟻は物干し竿の細い円筒の上を歩き続けていた。 白い竿の真ん中ではなく、影が一本だけ伸びる縁を選んで歩いているようにも見えたが、たぶん違うのだろう。 そのままにしておいた。

洗濯物が風を受けて小さく揺れるたび、物干し竿も少しだけ揺れた。