曇った朝だった。信号の向こうに二人組が立っていた。 歩幅が揃っていたので、一緒に職場へ向かっているのだと思った。 片方は肩から黒いリュックを下げていて、もう片方は白いイヤホンを耳につけていた。 片耳ではなく両耳だったように見えたが、髪に隠れていただけかもしれない。 そのへんは信号機の柱が少し邪魔をしていた。

イヤホンをつけたまま何か話している。 本を読んでいる途中で、しおりを挟んだまま誰かに話しかけられたみたいな姿だった。 ページは閉じているのに、本の中身はまだ終わっていない。そんな中途半端さを思い出した。

本を閉じても、「しおりだけが少し外にはみ出している」ことがある。 布の細いひもだったり、紙切れだったり、レシートだったりする。 あれは「ここから続き」という印なのに、閉じた本から見ると、まだ何かを読んでいる最中にも見える。

イヤホンも少し似ている気がした。 耳に差さったままだから、会話が始まっても、まだ別の続きを残しているように見えた。

もっとも、何も流れていなかったのかもしれない。 電車を降りて外したつもりが、そのまま忘れていることもある。 充電が切れている可能性だってある。 勝手に音楽が鳴っていることにしたのは、たぶん私のほうだった。

昔、本を読みながら音楽を流していた時期がある。 気づくと数曲終わっていて、一曲も覚えていなかった。 それでも流していた。読書の邪魔になっているようで、ならないようで、結局どちらなのか分からなかった。 本は本で進み、音楽は音楽で終わっていく。 お互いに相手を見ていないのに、一応同じ時間を過ごしていた。

信号が青になった。

二人も歩き出した。 イヤホンをつけたままの人が少し前を歩き、もう一人が半歩だけ後ろにつく。 会話は続いているようだった。 口が動いていたし、ときどき肩も揺れていた。

友達と遊んで、「その友達がずっとイヤホンをしていたら、少し嫌かもしれない」、とそのとき思った。 耳の半分くらいは貸してほしい気がする。 そんな決まりはどこにもないのだが、勝手にそういう棚が頭の中にあるらしい。

でも、本を閉じたまま机に置いていても、しおりが挟まっているだけで安心することがある。 本は読まれていないのではなく、あとで続きを読む約束をしているだけだ、と妙に納得した。

その納得も、本の都合で考えすぎているだけかもしれない。

信号を渡り終えたころには、二人は人混みに混ざって見えなくなった。 私の頭には、ページの少し外へはみ出した、細いしおりだけが残っていた。