二人のあいだのしおり
2026.07.28 (火)
曇った朝だった。信号の向こうに二人組が立っていた。 歩幅が揃っていたので、一緒に職場へ向かっているのだと思った。 片方は肩から黒いリュックを下げていて、もう片方は白いイヤホンを耳につけていた。 片耳ではなく両耳だったように見えたが、髪に隠れていただけかもしれない。 そのへんは信号機の柱が少し邪魔をしていた。
イヤホンをつけたまま何か話している。 本を読んでいる途中で、しおりを挟んだまま誰かに話しかけられたみたいな姿だった。 ページは閉じているのに、本の中身はまだ終わっていない。そんな中途半端さを思い出した。
本を閉じても、「しおりだけが少し外にはみ出している」ことがある。 布の細いひもだったり、紙切れだったり、レシートだったりする。 あれは「ここから続き」という印なのに、閉じた本から見ると、まだ何かを読んでいる最中にも見える。
イヤホンも少し似ている気がした。 耳に差さったままだから、会話が始まっても、まだ別の続きを残しているように見えた。
もっとも、何も流れていなかったのかもしれない。 電車を降りて外したつもりが、そのまま忘れていることもある。 充電が切れている可能性だってある。 勝手に音楽が鳴っていることにしたのは、たぶん私のほうだった。
昔、本を読みながら音楽を流していた時期がある。 気づくと数曲終わっていて、一曲も覚えていなかった。 それでも流していた。読書の邪魔になっているようで、ならないようで、結局どちらなのか分からなかった。 本は本で進み、音楽は音楽で終わっていく。 お互いに相手を見ていないのに、一応同じ時間を過ごしていた。
信号が青になった。
二人も歩き出した。 イヤホンをつけたままの人が少し前を歩き、もう一人が半歩だけ後ろにつく。 会話は続いているようだった。 口が動いていたし、ときどき肩も揺れていた。
友達と遊んで、「その友達がずっとイヤホンをしていたら、少し嫌かもしれない」、とそのとき思った。 耳の半分くらいは貸してほしい気がする。 そんな決まりはどこにもないのだが、勝手にそういう棚が頭の中にあるらしい。
でも、本を閉じたまま机に置いていても、しおりが挟まっているだけで安心することがある。 本は読まれていないのではなく、あとで続きを読む約束をしているだけだ、と妙に納得した。
その納得も、本の都合で考えすぎているだけかもしれない。
信号を渡り終えたころには、二人は人混みに混ざって見えなくなった。 私の頭には、ページの少し外へはみ出した、細いしおりだけが残っていた。