画面の横に置かれた本
2026.06.14 (日)
画面の横に本が置かれていた。 正確には、机の右端に少し斜めになって置かれていた。 本棚へ戻される予定だったものが、たぶん数日間その場所に残っている。 本の角には小さな擦れがあり、表紙の右下だけ少し白くなっていた。
スマホからは短い動画の音が流れていた。 「ゆっくり動く」「言葉を柔らかくする」「座る姿勢を整える」という文字が、数秒ごとに切り替わっていく。その横で、本は何も再生しなかった。
本というものは不思議だと思った。 開かれなければただの厚い板のようにも見える。閉じたままだと、中身があるのかどうか少し疑いたくなる。昔、表紙だけ立派な本を見て、勝手に難しい内容だと思い込んだことがある。読んだら普通だった。たぶん本には迷惑な話だった。
その本を手に取る。 ページをめくる音は、スマホの小さな通知音よりずっと遅かった。 紙が擦れる音がして、1ページ進むまでに数秒かかる。動画なら、その間に3つくらい別の情報が流れていく。
ふと、この「本の読み方と上品な振る舞いは似ているのかもしれない」と思った。
急いで意味を取ろうとすると、文章の途中だけ拾ってしまう。 ゆっくり読んでいるつもりでも、頭の中では別のことを考えている。 読書をしている人間の顔をして、実際には昨日の夕飯のことを考えている時もある。
少し勘違いして、本は人間の内面まで整えてくれる道具なのかと思った。 机の上に置いておけば、少し静かな人間になれる気がした。 しかし、本は何日もそこに置かれていた。置かれていた時間だけなら、かなり上品だった。
たぶん外側から整えることにも意味はあるのだと思う。 姿勢を変えれば、その後の気分が少し変わることもある。 本を開けば、読んでいなかった時間よりは何かが残る。
でも、「本を持ったまま別のことを考えている自分」もいる。 丁寧な動作をしながら、頭の中では早送りしていることもある。 そこは本にも書いていない気がした。
ページの間に挟まった細い紙のしおりを見つけた。 いつ入れたものか覚えていない。たぶん途中で読むのを止めた場所なのだろう。
次のページを開こうとして、少し迷った。 続きを読めばいいだけなのだが、その判断はまだ机の上に置かれている本の担当ではない気がして、もう少しそのままにしておいた。
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