四日目の許可
2026.06.25 (木)
交差点の信号を渡る前に、腕時計を見た。 針は十三時を少し過ぎている。 午後出社の日は、同じ道でも時計だけが別の勤務表で動いているように見える。
一瞬、十二時台だと思った。短針の位置だけを見てしまったらしい。 もう昼休みは終わったのかと思いかけて、秒針がいつも通りに一周しているのを見て読み違いに気づく。 時計は何も隠していなかった。ただこちらが少し急いで読んだだけだった。
歩きながらもう一度時計を見る。 横断歩道の電子音が一定の間隔で鳴り、自転車が後ろを抜け、コンビニの自動ドアが短く開いて閉じる。 その全部が時計の針より少しだけ忙しそうだった。
「週の初めに買う三本入りのバナナ」を思い出した。 一日目はまだ硬い。皮に残る緑色も少しだけ粘る。 三日目になると酸味は引いているが、期待している甘さにはあと少し届かない。 時計なら三日目は午後三時くらいなのかもしれない、と考えた。
いや、それは違う気もする。 バナナは時計ほど律儀ではない。 暑い日には少し急ぐし、涼しい日は遠慮がちになる。 針のように毎日同じ速度では熟れない。 反論しかけた相手は自分だったので、勝っても負けても特に意味はなかった。
それでも四日目という言い方だけは、どこか時計に借りている。
見切り品のバナナなら、「その四日目」は少し近い。 最初から皮に黒い点があり、房も小さい。条件だけ見れば得をしているようにも思えるが、なぜか別の四日目として数えてしまう。 たぶん熟れ具合ではなく、そこへ至る途中を買っているのだろう、と少し納得する。
ただ、その考えにもすぐ飽きる。 だったら最初の日に買ったバナナを四日目まで置けば済む話になる。 そうしないのは食べたいからで、その食べたいを休みや予定が勝手に邪魔した結果だけを特別扱いしているだけかもしれない。
時計を見る。 十三時十二分。 数字は昨日とも明日とも交換できそうなくらい同じ形をしている。 それなのに、四日目だけは交換できない気がしている。 時計はそんな区別をしていないのだから、こちらの勘違いなのだろう。
そう思いながらも、見切られていない一本が、何事もなく四日目まで届く日をまだ待っている。 午後の陽射しは建物の壁をゆっくり横へ移り、街路樹の影だけが少し遅れて歩道に追いついていた。
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