飲み屋街はまだ夜の照明を消し切れていなかった。 店先の看板は白や青のLEDで照らされ、路面だけが少し明るい。 店内は暗いのに、入口だけは営業中のような顔をしている。

その光の中に、スポーツバーの看板があった。「日本代表応援」の文字だったのだと思う。 ただ、「日本」の部分だけが消えていて、「代表応援」だけが浮かんでいた。 一瞬、「代表」という名前の店なのかと思った。

近づくと、ただ文字が切れているだけだった。 LEDは律儀で、壊れると意味まで壊してしまうらしい。

いや、意味は壊れていないのかもしれない。 私が勝手に読み違えただけだ。 「照明はそこに光っていただけ」で、文章の責任までは負っていない。

白い照明は道路にも落ちていた。 少し先ではゴミ回収車が停まり、黄色い作業灯が点滅している。 金属の箱を持ち上げる音が朝の静かな通りで妙によく響く。 黒い袋が荷台へ吸い込まれ、また静かになる。

その繰り返しだった。 夜が少しずつ畳まれているようにも見えたが、たぶん回収しているのは夜ではなくゴミである。 そこは反論しておきたい。

照明の届く歩道の端では、一羽の鳩が何かをつついていた。 何を食べているのかは見えない。 見えないというより、照明がそこだけ届いていなかった。

明るい場所と暗い場所の境目で首だけが忙しく動く。 見えないものを見た気になって、「パンくずだろう」と決めかけたが、そんな都合のいいものが毎回落ちているとも思えない。 そのまま通り過ぎた。

居酒屋の前には、スーツ姿の男が一人しゃがみ込み、肘を膝に乗せたまま動かなかった。 飲み屋で何かを明かしたのだろう、と勝手に考えた。 別に仕事の話ではなくてもいい。財布を忘れたのかもしれないし、終電を逃しただけかもしれない。

照明はその人の肩だけを照らしていて、顔は影になっていた。 肩だけ見れば疲れているように見える。顔まで見れば違ったのかもしれない。

その横を別のサラリーマンが通り過ぎる。歩幅は一定で、視線もほとんど動かない。 職場へ向かっているように見えたが、本当は家へ帰るところだった可能性もある。

月曜の朝だから職場だろう、と考えたのは私の怠慢だった。 曜日まで根拠に使い始めると、だいたい外れる。

知らない世界ばかりだった。背景は見えず、理由も分からない。 分かった気になれる材料も落ちていない。 「目の前の照明が照らしている範囲だけでも追うので精一杯」だった。

それでも「代表応援」の文字だけはまだ光っている。「日本」が消えても営業は続くらしい。 そういう話ではない気もしたが、訂正するほど困ってもいない。

駅へ向かう角を曲がると、別の街灯が足元を照らしていた。 さっきとは少し色が違って見えた。