花がいなくなったあとの影
2026.07.07 (火)
曇っている朝は影が薄い。 それでも無くなるわけではなく、靴の下や植え込みの根元に、小さく折り畳まれて残っている。 花の前で足を止めたわけではないが、歩幅が一つだけ短くなった。
たぶん毎朝そうしていたのだと思う。
低木は昨日までと同じ場所にあった。 道路との境目に並ぶ縁石、灰色のブロック、白線。その隣で広い葉だけが妙に元気そうに見えた。 花は茶色く縮れていて、丸く集まっていた形だけが残っている。
影も同じ形を覚えているようだった。 そんなことはないと反論しかけたが、影は覚えるものではなく映るものだ。 たぶんそういう担当だろう。担当が違うだけで、やっていることは似ている気もした。
信号機の電子音が二回鳴る。その間に横断歩道を渡る人が七、八人。 私は渡らず、そのまま植え込みの横を歩いた。
影は曇り空のせいで輪郭が曖昧だった。 花が咲いていた頃も同じだったはずなのに、その頃は花ばかり見ていて影まで見ていなかったらしい。
影は花より少し遅れて動くように見えた。もちろんそんなことはない。 私が歩いているから見え方が変わるだけだ。 時計も朝だから急げと言っていた気がするが、腕時計はただ七時四十八分を表示しているだけだった。
急がせているのは時計ではない。そう思ったが、今日は時計のせいにしておくことにした。 毎日責任を負わされているのだから、一日くらい追加されても困らないだろう。
「葉は思っていたより大きかった」。一枚が手のひらくらいある。 花が咲いていた頃は、花の丸い集まりばかり見ていて、葉は背景だったらしい。
背景だったものが前に出ると、最初からそういう植物だったような顔をする。 影も同じで、花が消えた途端に存在感だけ増えた。 増えたのではなく、こちらが見始めただけなのだろうが、その順番には少し納得した。
いや、納得するのも早い。影は最初からあった。 「私が毎朝見逃していただけ」で、季節とは関係ないのかもしれない。
見ていない時間にも花は咲いて、枯れて、影はそのたびに勝手について回っていた。 私だけ少し遅れて通過している。
来年また咲いたとしても、名前は知らないままだと思う。 調べれば終わる話なのだが、その判断は別の部署が担当している。
だから来年も、葉より先に影を見て、それから花を見るのかもしれない。 最後まで残るのは、植え込みの縁石だった。
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