朝の光が強かった。ホームの端に植えられた低い植え込みは、昨日までと同じ葉の形をしているはずなのに、今日は輪郭だけ少し新しく見える。 「葉の表面に白い筋が一本走って」いて、傷かと思ったら光だった。 近づいたわけではないから本当のところは分からない。 風が一度だけ吹いて、同じ方向へ葉が揃った。数えようとして四枚目くらいでやめる。 途中からどれを一枚目にしたのか分からなくなった。

記憶では半月ぶりくらいの晴れだった気がする。 たぶん違う。昨日だった可能性まである。 天気は残るのに日付は残らないことがある。 逆もあるのだろうけど、今日はそこまで調べる気はなかった。 記憶が怪しいなら、怪しいままでも朝は進む。

葉は光を受ける面だけ少し明るい。 裏側は思ったより暗い。 だから葉というより、小さな板が何枚も立っているように見えた。 一瞬だけ、街は晴れの日を前提に設計されているのではないかと思う。 影も、窓も、横断歩道も、全部今日くらいの光量を基準に置かれているような気がした。

でも植え込みの葉は、雨の日にも同じ場所にいる。

その事実だけで、さっきの考えは少し弱くなる。 晴れを前提にしているのは街ではなく、自分の目のほうかもしれない。 反論しかけたが、葉は何も答えない。 反論する相手がいない議論は、少しだけ楽だった。

ホームに到着案内の電子音が流れる。 そのあと車輪の低い音が遠くから近づく。 まだ姿は見えない。植え込みの葉だけが先に揺れた。 音より風が早かったのか、それとも気のせいだったのか。 順番にはあまり自信がない。

いい天気、という言葉を誰が決めたのだろうと思う。 晴れを良いと決めた人がいたのか、それとも何度も口にするうちに決まったのか。 植物に聞けば少し違う答えになる気もしたが、「植物は意見を言わない」から便利でもあり、不便でもある。

葉の先に小さな茶色い部分があった。 枯れているのではなく、そういう色の境目なのかもしれない。 全部緑でなくても葉として成立している。 そのくらいの曖昧さなら許されるらしい。 人間もそうだと言いかけて、少し話が大きくなりそうだったのでやめた。 閉じればいいだけなのだが、その判断は別の部署が担当している。

鳥が一羽、線路の向こうを横切った。 さっきまで植え込みばかり見ていた目が、その動きだけは素直に追いかける。 鳥はどこかへ消えた。植え込みはまだそこにある。 電車がホームへ滑り込み、葉がもう一度だけ揺れた。 光は変わらず葉の片側だけを照らしていた。