風呂場の小さな窓から、隣の家の植物が見えていた。

名前は知らない。細い枝に楕円形の葉がついていて、上のほうだけ少し明るい緑をしている。 曇っているのに、そこだけ光を先に受け取ったように見えた。

スポンジで浴槽を三往復して、もう一度見る。 今度は真ん中の葉が目についた。

さっき明るかった葉は同じ場所にある。 たぶん私が見る順番を変えただけだ。 それなのに「植物のほうが、上から順番に何かを出している」ように見えた。

ファーストノート、ミドルノート、ラストノート。

香水の話を思い出した。 最初に立つ香りがあり、少し経って残る香りがあり、最後まで居座る香りがある。 植物も上の葉、中央の葉、奥で暗くなっている葉の順に見せているのかもしれない。

たぶん違う。

植物は朝からそんな順番を管理していない。 シャワーで泡を流す。排水口の近くで白い泡が二つに割れ、細いほうが先に消えた。 料理にも同じものがある気がした。

口に入れた直後の味。 そのあとに広がる味。 飲み込んでから残る味。

料理研究家は、あまりそれを三段階で話さない。

隠しているのかもしれない。 全部説明すると、次から自分で味を探せるようになる。 だから少しだけ伏せて、また見に来るようにしている。 あるいは説明しないことで、こちらが勝手に気づく構造にしている。

そこまで考えて、窓の植物を見る。 葉はまだ同じ配置だった。 料理研究家への疑いだけが増えている。 植物には何の責任もない。

夕飯を作ると、前回と同じ味になった。

醤油を入れて、みりんを入れて、少し迷ってから砂糖を足した。 味見をすると「知っている味」がした。 前々回も、たぶんこの辺りにいた。

これは私のラストノートなのかもしれない。 そう考えると少し納得できた。 飽きたのではなく、自分の味の最後に到着しているだけだ。

便利な説明だった。 便利すぎるので、たぶん違う。

窓の外では、朝に見た植物の葉が一枚だけ裏返っていた。 風のせいだと思う。 料理研究家のせいでも、私の味付けのせいでもない。

白い葉裏。