葉はたぶん順番を知っている
2026.07.12 (日)
風呂場の小さな窓から、隣の家の植物が見えていた。
名前は知らない。細い枝に楕円形の葉がついていて、上のほうだけ少し明るい緑をしている。 曇っているのに、そこだけ光を先に受け取ったように見えた。
スポンジで浴槽を三往復して、もう一度見る。 今度は真ん中の葉が目についた。
さっき明るかった葉は同じ場所にある。 たぶん私が見る順番を変えただけだ。 それなのに「植物のほうが、上から順番に何かを出している」ように見えた。
ファーストノート、ミドルノート、ラストノート。
香水の話を思い出した。 最初に立つ香りがあり、少し経って残る香りがあり、最後まで居座る香りがある。 植物も上の葉、中央の葉、奥で暗くなっている葉の順に見せているのかもしれない。
たぶん違う。
植物は朝からそんな順番を管理していない。 シャワーで泡を流す。排水口の近くで白い泡が二つに割れ、細いほうが先に消えた。 料理にも同じものがある気がした。
口に入れた直後の味。 そのあとに広がる味。 飲み込んでから残る味。
料理研究家は、あまりそれを三段階で話さない。
隠しているのかもしれない。 全部説明すると、次から自分で味を探せるようになる。 だから少しだけ伏せて、また見に来るようにしている。 あるいは説明しないことで、こちらが勝手に気づく構造にしている。
そこまで考えて、窓の植物を見る。 葉はまだ同じ配置だった。 料理研究家への疑いだけが増えている。 植物には何の責任もない。
夕飯を作ると、前回と同じ味になった。
醤油を入れて、みりんを入れて、少し迷ってから砂糖を足した。 味見をすると「知っている味」がした。 前々回も、たぶんこの辺りにいた。
これは私のラストノートなのかもしれない。 そう考えると少し納得できた。 飽きたのではなく、自分の味の最後に到着しているだけだ。
便利な説明だった。 便利すぎるので、たぶん違う。
窓の外では、朝に見た植物の葉が一枚だけ裏返っていた。 風のせいだと思う。 料理研究家のせいでも、私の味付けのせいでもない。
白い葉裏。
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