駅まで歩くあいだ、空がやけに広かった。 雲はほとんどなく、青だけが上に残っている。 電線が何本か斜めに横切っていて、その隙間に飛行機雲が一本だけ引っかかっていた。 風はほとんど動かず、信号機の横に立っている旗だけが、ときどき思い出したように揺れる。

エレベーターで一緒になった同僚とは、ほとんど話したことがなかった。 降りる階が同じだったので、そのまま駅まで歩くことになっただけである。 歩幅は少しだけ向こうのほうが広い。 合わせているのか、たまたまなのかは分からなかった。

話題は夏休みになった。

お台場から徳島まで船で行くらしい。

最初は聞き間違えたと思った。 お台場はイベント会場で、徳島は阿波踊りの印象しかない。 その二つの間に船があるとは思っていなかった。 地図の縮尺を少し間違えたまま話を聞いていた。

空を見る。

飛行機雲は少し太くなっていた。最初からそうだったのかもしれない。見始める前の空は記録されないので、自信はない。

船はゆっくり進むらしいですよ、と同僚は言った。

その言葉だけが空に残った。

飛行機も空を進む。雲も進む。鳥も進む。進んでいるものは上ばかりだった。 地上では信号待ちの自転車が三台並び、 宅配トラックがハザードを点けたまま止まっている。「空だけが、止まることを担当していない部署」らしかった。

だから夏も空側の仕事なのかもしれない、と少し思う。

気づけば進んでいて、こちらが予定を書き込む前にページだけめくられている。

たぶん違う。

季節は紙ではない。

それでも、予定を決めないと置いていかれそうだ、という言い方は少しだけ空に似ている。 空は誰も待たないのに、遅れた気分だけはちゃんと用意してくれる。

そんな仕組みはないはずだ、と反論する。

夏はただ暑いだけで、人を急かす仕事までは引き受けていない。

急いでいるのは予定表のほう」かもしれない。

いや、予定表は紙だから歩けない。

歩けないものに追い越されるのも妙なので、その説はやめておく。

駅が近づくと、高架の影が歩道に長く落ちていた。 影の境目だけ温度が少し違う。 空は相変わらず青く、高いところで飛行機雲が少し崩れている。 線だったものが薄く広がって、最初から雲だったような顔をしていた。

改札の前で同僚と別れたあとも、一度だけ空を見た。

飛行機はもう見えなかった。

飛行機雲だけが残っていたのか、それとも別の雲だったのかは、そのままにして駅へ入った。