電車のドアの上にあるディスプレイを見ていた。 曇りの日だったので、窓の外は白っぽく、建物の輪郭も少し平らに見えた。 ディスプレイにはニュースが流れていて、その下に広告があった。

ニュースの文字は、「何文字か読むだけで意味が入ってくる」ものだった。 誰かが誰かを傷つけたことや、そこにいた人のことが書かれている。 仕事中にパソコンを見ていても、似たような文字列が突然現れることがある。 こちらは表計算の数字を入力しているだけなのに、画面の端から別の出来事が入ってくる。

電車のディスプレイでは、その文字列のすぐ後ろに商品の写真が出た。 白い背景に、整然と並んだ商品。 価格は1,980円だった気がする。 気がするというのは、そこまで正確に見ていなかったからだ。

ニュースの次に広告が来る」こと自体は、もう珍しくない。 だから最初は、ただ順番に並んでいるだけだと思った。 ニュースが終われば広告。広告が終われば、また別のニュース。 四角い画面の中で、交代する担当者が決まっているようだった。

でも、そう考えると妙だった。

ニュースの前後左右には、必ず何かを買わせるためのものがある。 ニュースの文字を読んだ直後に、洗剤や旅行や通信サービスの広告を見る。 さっきまで誰かの人生について読んでいたのに、数秒後には「今ならお得です」と言われる。

間に何か一枚、空白の画面でも挟まっていれば違うのかもしれない。 白い画面が二秒くらいあって、そのあと広告が出る。 そういう余白があれば、こちらも一度、別の場所に戻れそうな気がする。

ただ、電車はそんなことを待ってくれない。 駅に着けば表示は変わるし、次の乗客が乗ってくる。 ディスプレイの左側には時刻が小さく表示されていて、18:12だった。

自分がもし、平常心を保てないようなことに巻き込まれていたら、と考えた。

それが知らない誰かに、自分の知らないところで知らされている。 そのすぐ横で、何かを買うための広告が流れている。

嫌だと思った。

たぶん、広告を見なければいいだけなのだろう。 ニュースも読まなければいい。 ディスプレイから目を逸らして、曇った窓でも見ていれば済む。

そう思って窓を見ると、ガラスには車内の照明が白く反射していた。

外の空は見えなかった。

見えないなら見ないでいい、と考えたところで、それも少し違う気がした。

空白があれば、もう少し違って見えたのだろうか。

その二秒間を、誰が担当することになっているのだろう。