日傘のない朝の照明
2026.08.04 (火)
途中停車駅で降りたとき、ホームの照明がまだ消えていなかった。 朝なので外はもう十分明るいのに、天井の細長い照明が何本か残っている。 白い光の下を人が通り過ぎて、その先の「階段から外の光へ出て」いく。
その中に、日傘もアームカバーもしていない人がいた。
最初は照明の具合でそう見えたのだと思った。 白い光が背中に残っていて、そのまま外へ歩いていく姿が妙にくっきりしていた。 歩幅は大きすぎず、腕も振りすぎない。 急いでいるわけではないのに、「駅を出る動作だけが妙に早い」。
外へ出ると、照明はなくなった。
その代わりに朝の太陽があった。 今日は夏にしては少し涼しい。 空も晴れている。 さっきの人はそのまま歩いていった。 日傘を持っていないので、頭の上には何もない。 腕にも何もない。手にも何もない。
照明の下で見たときより、むしろ外の光のほうがその立ち振る舞いをはっきりさせていた。
日傘をさして、アームカバーをして、ハンディファンを持って歩く人もいる。 駅を出てすぐ日陰を探す人もいる。 僕もそちら側なので、あれは暑そうだと思った。 いや、今日はそこまで暑くない。たぶん僕が暑さを先回りしているだけだ。
以前、日傘を忘れて駅から会社まで歩いた朝のことを思い出した。 途中でコンビニに入り、冷房の風が当たる場所にしばらく立っていた。 あのときは日傘が必要だった気がする。 でも、必要だったのか、忘れたことを正当化するために必要だったことにしたのかは、今となっては分からない。
ホームの照明を振り返ると、まだ白く点いていた。
あの人が格好よく見えたのは、照明のせいだったのかもしれない。 そう思ってから、外の光でも同じように見えたことを思い出した。
それなら照明は関係ない。
たぶん。
駅前の白い建物だけが、朝の光を薄く返していた。
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