照明は先に値段を照らしてしまう
2026.07.21 (火)
久しぶりに仕事へ向かう朝は、部屋の照明を消すところから始まった。
昼間なのに点いていた。カーテンは半分しか開いていなくて、白い光と黄色い光が机の上で混ざっている。 机にはマグカップと鍵と充電ケーブルが置いてあった。 照明は全部を同じ明るさで照らしているつもりらしいが、鍵だけ少し光って見えた。
鍵は金属だからだろう。
そういう説明で終わる話なのに、なぜか鍵だけ急いでいるようにも見えた。
照明を消してから玄関へ向かい、靴を履いた。 消したはずの部屋を振り返ると、窓から入る朝の光だけで十分明るかった。 さっきまで必要だと思っていた照明は、急に仕事を失ったみたいに存在感がなくなっていた。
会社へ向かう途中、何気なく適正年収という言葉を調べた。
いくつかのサイトが数字を出してくれる。 同じ職種なのに、百万単位で違う。少し先へ進むだけで、また違う数字が出てくる。
照明を売り場で見比べるときに少し似ていた。
昼白色。 電球色。 何畳用。 何ルーメン。
数字は並んでいるが、部屋はまだ存在していない。
照らされる机も、本棚も、夜更かしも、その数字には入っていない。
それでも箱には「おすすめ」と書いてある。
適正という文字も、「そんな箱の印刷」みたいだった。
少しだけ信用しかけた。
いや、信用ではない。 眺めていただけだと言い直した。 負けた感じがしたので、そういうことにしておいた。
昔、蛍光灯を替えたとき、思っていたより部屋が白くなったことがある。 家具は何も変わっていないのに、急に散らかって見えた。
部屋が散らかったのではなく、見える範囲だけ増えたらしい。
あのとき少し損をした気がした。 照明は便利だが、余計なものまで見つけてしまう。 適正年収という数字も、それに少し似ている。
生活は昨日と同じなのに、急に何かが足りないように見え始める。
数字は増えていない。ただ「照らす場所が変わっただけ」なのかもしれない。
たぶん違う。 本当に足りないのかもしれない。 その判断は別の部署が担当している。
帰ってきて部屋の照明を点けると、朝と同じ机があった。 マグカップはそのままで、鍵も同じ場所に置いてある。
昼は急いで見えた鍵が、夜になるとただの鍵へ戻っていた。
照明は今日も全部を同じように照らしている。 机の端には、小さな白いスイッチが残っていた。
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