久しぶりに仕事へ向かう朝は、部屋の照明を消すところから始まった。

昼間なのに点いていた。カーテンは半分しか開いていなくて、白い光と黄色い光が机の上で混ざっている。 机にはマグカップと鍵と充電ケーブルが置いてあった。 照明は全部を同じ明るさで照らしているつもりらしいが、鍵だけ少し光って見えた。

鍵は金属だからだろう。

そういう説明で終わる話なのに、なぜか鍵だけ急いでいるようにも見えた。

照明を消してから玄関へ向かい、靴を履いた。 消したはずの部屋を振り返ると、窓から入る朝の光だけで十分明るかった。 さっきまで必要だと思っていた照明は、急に仕事を失ったみたいに存在感がなくなっていた。

会社へ向かう途中、何気なく適正年収という言葉を調べた。

いくつかのサイトが数字を出してくれる。 同じ職種なのに、百万単位で違う。少し先へ進むだけで、また違う数字が出てくる。

照明を売り場で見比べるときに少し似ていた。

昼白色。 電球色。 何畳用。 何ルーメン。

数字は並んでいるが、部屋はまだ存在していない。

照らされる机も、本棚も、夜更かしも、その数字には入っていない。

それでも箱には「おすすめ」と書いてある。

適正という文字も、「そんな箱の印刷」みたいだった。

少しだけ信用しかけた。

いや、信用ではない。 眺めていただけだと言い直した。 負けた感じがしたので、そういうことにしておいた。

昔、蛍光灯を替えたとき、思っていたより部屋が白くなったことがある。 家具は何も変わっていないのに、急に散らかって見えた。

部屋が散らかったのではなく、見える範囲だけ増えたらしい。

あのとき少し損をした気がした。 照明は便利だが、余計なものまで見つけてしまう。 適正年収という数字も、それに少し似ている。

生活は昨日と同じなのに、急に何かが足りないように見え始める。

数字は増えていない。ただ「照らす場所が変わっただけ」なのかもしれない。

たぶん違う。 本当に足りないのかもしれない。 その判断は別の部署が担当している。

帰ってきて部屋の照明を点けると、朝と同じ机があった。 マグカップはそのままで、鍵も同じ場所に置いてある。

昼は急いで見えた鍵が、夜になるとただの鍵へ戻っていた。

照明は今日も全部を同じように照らしている。 机の端には、小さな白いスイッチが残っていた。