影のない朝
2026.08.03 (月)
朝、家を出てすぐ、昨日まであったはずの影が見当たらなかった。
正確には、足元にはあった。 けれど薄い。 電柱の影も、建物の影も、いつものように地面へ落ちている感じがしない。 曇っているので当然なのだが、最初は「道全体が少し明るくなった」のだと思った。
たぶん、雲が光を均している。
そう考えてから、道路脇の植え込みを見た。 葉の一枚一枚に影が重なっているはずなのに、今日は葉っぱだけが並んでいるように見える。 昨日なら、葉の下に黒っぽい部分がいくつもあった。 今日は緑がそのまま地面に落ちている。
歩いている人の足元にも、影がない。
正確にはあるのだろうが、靴の横に薄い灰色がある程度で、靴と影の境目がよく分からない。 信号待ちをしている人が三人並んでいたが、それぞれの足元にあるはずのものが、三人分まとめて曖昧になっていた。
そこで、曇りの日は「過ごしやすい」のではなく、影が仕事を休んでいる日なのかもしれないと思った。
昨日まで、「影は地面に貼り付いて」いた。 人が動けば一緒に動き、電柱が立っていれば細長く伸びていた。 それが今日は、どこにいるのか分からない。
少しだけ納得した。
炎天下の朝は、影が濃い。 建物の角も、電線も、植木鉢も、何かしらの形を地面に落としている。 そのせいで、暑さまで具体的になる。日向と日陰の境目がはっきりしていて、日陰に入れば少しだけ逃げた気になる。
だから、今日みたいな朝になると、あの影が少し恋しくなるのかもしれない。
……と思ったが、これはたぶん都合のいい言い訳だ。
暑い日は暑い日で、駅まで歩くだけで背中に汗が溜まる。 朝からシャツが肌に張り付くのは、別に好きではない。
それでも、雲の向こうに太陽がいることだけは分かる。 光が消えたわけではなく、薄く広がっているだけなのだろう。
道の端に置かれた黒い自転車を見た。
今日は、その車輪の影もほとんど見えなかった。