お盆の照明と、言わなかった予定
2026.08.07 (金)
駅の照明が、「いつもよりよく見えた」。
お盆の時期だからなのか、ホームにいる人が少ない。 普段なら人の頭や肩の間に隠れている天井の照明が、今日は一本ずつ見える。 白い四角形が、少し間隔を空けて並んでいる。 照明と照明のあいだには何もなくて、その何もないところまで明るく見える。
最初は、照明まで空いているように見えた。
たぶん違う。 照明は人が減ったから空席になるものではない。 それでも今日は、一本余計に置かれているような感じがする。 駅というものは、人が多い状態を基準に作られているのかもしれない。 人が減ると、普段は背景だったものが急に前へ出てくる。
電車を待ちながら、天井の照明を数えてみた。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
途中で数えるのをやめた。 何本だったかはもう覚えていない。 たぶん七本くらいだったと思う。 こういう数字は、あとから勝手に増えたり減ったりする。 昔、何かを数えている途中で話しかけられて、最初からやり直したことを思い出した。 何を数えていたのかは思い出せない。
会社でも、照明はいつも同じ場所にある。
昼休みに席を立つときも、パソコンを見ているときも、誰かと話しているときも、天井には同じ照明がある。 今日、隣の同僚から「お盆はなにか予定あるんですか?」と聞かれた。
「うーん、特には」
そう答えた。
本当は、牛丼を食べに行く予定がある。 スーパーで一番高いスイカを買う予定もある。 本も買う。 たぶん、「それなりに夏を満喫する」つもりでいる。
なのに、口から出たのは「特には」だった。
照明なら、そこにあるだけでいい。 点いているか消えているかも、こちらが説明しなくていい。 人間だけが、聞かれると何か答えなければならない。
無難な返事をすると、会話がすっと暗くなる感じがある。 照明を消したみたいだ、と一瞬思った。
でも、たぶんそこまで大げさな話ではない。
「一番高いスイカを買います」と言えば、相手は少し困るかもしれない。 牛丼の話をしたところで、なぜその二つが同じ日に並ぶのか説明する必要も出てくる。 そこまで説明するほどの予定でもない。
だから「特には」でよかったのだと思う。
たぶん。
ホームの照明は、相変わらず白かった。 人が少ないせいで、一本一本が妙に目立っている。
電車が入ってきて、その明るさの下を車体が通り過ぎた。
照明は何も変わらなかった。
こちらだけ、少し言わなかったことが残っていて、電車の音に混ざってしまった。