スーパーの入口には、平らな屋根が前に張り出している。 雨の日はそこに傘が集まり、晴れの日でも何人かは屋根の下で立ち止まる。 今日は曇りだったので、影だけがきれいに残っていた。 自動ドアが開くたびに空調の風が流れ、買い物かごの重なる音が短く鳴る。 その屋根は毎朝同じ場所にあるのに、毎朝少しだけ違う入口に見える。

レジに並んでいると、前の人が特茶とレッドブルだけを台に置いた。 緑色のラベルと青い缶が、白いレジ台の上で少し距離を空けて並ぶ。 二本だけなので、バーコードを読む音も二回で終わる。あっけない会計だった。

その並びを見ているうちに、勝手に理由を考え始めていた。健康を気にしているが眠い人なのかもしれない。 昨日飲み過ぎた反省と、「今日を乗り切る勢いを一緒に買った」のかもしれない。 家族に頼まれた一本と、自分の一本なのかもしれない。

たぶん全部違う。

違うのだが、そのままだと二本が隣に並んでいる理由が空白になってしまうので、頭のどこかが勝手に埋めようとする。 説明書のない家具を見つけると、説明書のほうを想像してしまうような動きだった。

そういえば昔、実家の冷蔵庫にも健康飲料と炭酸飲料が隣同士に入っていた気がする。 いや、隣ではなかったかもしれない。 野菜室だったような気もする。冷蔵庫ではなく、物置に置かれた段ボールだった可能性まで出てきた。 そのあたりから記憶はあまり信用できなくなる。

店を出ると、入口の屋根の下を一台の自転車がゆっくり横切った。 屋根は誰の買い物も覚えていない顔をしている。

考えてみれば、私も毎朝ほとんど同じものを買っている。 おにぎりとヨーグルト。たまにバナナ。 売り切れの日だけ少し構成が変わる。その変化も、私の意思というより棚の都合で決まっている。

誰かが後ろから見ていたら、「毎日同じものを買う人」と説明されるのだろうか。 あるいは、「今日はバナナが追加された人」と細かく更新されるのだろうか。 そんな観察をする人はいない気もするが、いない証拠も別にない。

さっきの二本も、本人にとっては何の意味もない組み合わせだったのかもしれない。 たまたま頼まれただけかもしれないし、棚の前で三秒くらい迷った結果だったのかもしれない。 「その三秒を見ていないので、こちらは勝手に続きを書き足し」てしまう。

説明しようとしていたのは、その人ではなかった気もする。 二本が並んでいる景色のほうだったのかもしれない。 景色は何も困っていないのに、こちらだけが少し忙しい。

スーパーの屋根は、その間も入口の前に同じ幅で張り出したままだった。