電車の窓は、曇りの日になると景色との距離を少しだけ変える。 ガラスそのものは透明なはずなのに、空の白さが一枚余計に重なるせいで、向こう側は少し考え込んでいるように見えた。

駅を二つ過ぎたあたりだったと思う。 線路脇のコンクリートの壁に、大きな文字が見えた。 赤と青と白。輪郭だけ太く縁取られていて、中は別の色で埋められている。 四文字くらいだった気もするし、六文字だった気もする。 電車は止まってくれなかったので、その担当ではなかったのだろう。

最初は落書きだと思った。

そのあと、少し待ってみると、「落書きという言葉だけ先に決めて」しまった気もした。 そう呼ぶと急に雑なものになる。 ではグラフィティという言葉なら丁寧になるのかと言われると、それも少し怪しい。 名前だけ着替えても、壁そのものは何も言っていない。

窓の外へ目を戻す。

文字は読めなかった。 英語だったのか、記号だったのかもよく分からない。 ただ、何度も描き直したような線ではなかった。 勢いよく引いた一本の線が、そのまま残っていた。 スプレー缶を押している時間まで見えてしまいそうで、見えていないことにした。

伝えたいことがあるのだろうと思った。

いや、伝えたいというより、残したかったのかもしれない。

違いはよく分からない。 分からないまま電車は進むので、その区別も一緒に置いていかれた。

窓ガラスには車内の照明が薄く映っていた。 吊り革が白く重なり、外の文字の上を横切る。 しばらくすると自分の肩も重なった。 誰の文字なのか分からないものの上に、自分の姿だけはずいぶん簡単に映る。

それは少し不公平だった。 壁の文字は外にあるのに、窓は内側のものばかり優先する。 そういう性質なのだろうが、性格まで決めつける必要はない。

明日には消されているかもしれない、と考えた。

消される前提で描かれたものなのか、消されないと思って描かれたものなのかは知らない。 知らないまま通り過ぎる人の方が圧倒的に多いはずで、その中に今日の私も含まれていた。

結局、読めたのは「色と大きさだけ」だった。

それでも何かが書いてあったという記憶だけは残る。 内容は届かなかったが、届かなかったという事実だけは妙にはっきりしている。

次の駅が近づくと、壁は建物の陰へ隠れた。

代わりに窓いっぱいに電柱が一本流れていく。 灰色の柱には、小さな番号札が結束バンドで留められていた。 数字はきちんと読めた。

あちらは誰かに読まれることを前提に作られているらしい。