時計は約束を覚えている
2026.07.04 (土)
診察室の壁に丸い時計が掛かっていた。 白い文字盤に黒い針。数字は大きく、秒針だけが細かった。 カチ、カチ、と一定の速さで動いている。待合室でも見た時計と、たぶん同じくらい正確な顔をしていた。
「一週間後に来てくださいね。」
その一週間は、とっくに二週間になっていた。
先生は遅いですねと言った。 少しだけ語尾が強かった気がする。 時計はその瞬間も止まらず、十二の少し右を秒針が横切っていた。 誰が何を言っても、針は話を聞かないらしい。
遅かったのは事実なので、反論する材料はほとんど残っていなかった。 忙しくて、と言えば忙しい人はいくらでもいる。 忘れていて、と言えば忘れた側の事情でしかない。 だから「すみません」とだけ言った。
案外、「それで会話は終わった」。
世界にはこういう終わり方が多いのかもしれないと思う。 から返事や平謝りで閉じる会話。 中身がないようでいて、閉じるための形だけはちゃんとしている。
時計にも似ている。
長針は何も説明しない。 ただ十二を越えて、一を指して、二へ向かう。 理由も意思もなく進むだけだ。 説明がないから揉めないのかもしれないと、一瞬だけ思った。
でも少し違う気もした。
時計は何も伝えていないようで、「今」という面倒な情報だけは休まず渡している。 中身がないように見えて、実は一番しつこい。
伝えることは、案外コストが高い。
事情を話す。理解してもらう。誤解をほどく。 相手の表情を見て言葉を選び直す。 どれも時間が要る。 時計はその間も同じ速さで進み続ける。
だから人は、ときどき説明を諦めるのかもしれない。
「気を付けます。」
「便利な言葉」だと思う。 本当に気を付ける予定がある日もあるし、その場で会話を静かに畳むためだけの日もある。 用途が広すぎる。
それなのに、そういう返事ばかり増えると、「変わらなきゃいけない」という空気だけが部屋に残る。 実際に何が変わるのかは分からないまま、変化だけが義務みたいに壁へ貼り付いていく。
もっと議論すればいい、と言う人もいる。
たぶん正しい。
ただ、議論は思ったより体力を使う。 反論は言い訳に見えることがあるし、説明は弁解に聞こえることもある。 だったら謝って終わらせた方が安い。 そういう計算を、人は無意識にしている気がする。
もっとも、その計算も時計は知らない。
秒針は同じ幅だけ進み、長針は少しだけ傾く。 その規則正しさを見ていたら、時計は約束を守るための道具ではなく、 約束を破ったことを静かに記録する装置なのではないかと思えてきた。
たぶん読み違えている。
時計はただ時刻を示しているだけなのだろう。
でも、その勘違いを訂正するほどの用事もなかった。
会計を済ませて外へ出ると、午後の光が歩道の白線だけを妙に明るくしていた。 信号機の上にも、小さな時計が数字を減らしていて、その表示だけが急ぐ理由を知っているように見えた。
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