空が明るすぎて、開いた扉が残った
2026.07.10 (金)
快晴だった。空は朝から青く、雲は端のほうに薄いものが二つあるだけだった。 駅へ向かう道は白く照らされ、アスファルトの細かな石まで見える。 蝉の声はまだ一種類に聞こえた。七月の蝉を聞き分ける部署には配属されていない。
こんな空の日を見ると、小学生のころ、画用紙の空を青で全部塗ったことを思い出す。 先生に「よく晴れていますね」と言われた。 褒められたのか、塗りすぎを遠回しに指摘されたのかは今も分からない。 たぶん前者だと思うことにしている。二十年近く保留した案件なので、こちらにも少しくらい決定権がある。
その青の下に、一軒の家があった。
玄関の扉が十センチほど開いていた。正確に測ったわけではない。 靴一足なら通らず、猫なら少し考えるくらいの幅だった。 外壁は明るい灰色で、玄関脇の細い窓も少し開いている。 「空が明るすぎるせいで、家の中は黒く」見えた。
歩きながら、その黒いところを見てしまった。
奥に何か四角いものがあった。 棚かもしれない。 段ボールかもしれない。 人の肩にも見えたが、それはすぐに棚へ戻した。 知らない家の玄関に勝手に人を配置するのは、こちらの仕事ではない。
空は相変わらず全部を照らしていた。 電柱も、植木鉢も、白い自転車の籠も明るい。 その隣にだけ、玄関の奥が薄暗く残っている。 見えないのではなく、少し見える。 靴らしい形が二つ並び、その向こうに床の線が伸びていた。
怖い、という言葉が出てきた。
「以前にも似たことがあった」気がする。 晴れた日の窓。 レースのカーテンが半分だけ寄っていて、室内のテレビ台らしい影が見えた。 あのときも空は妙に青かった。 曇りの日の記憶がないだけかもしれない。 記憶は天気予報ほど几帳面ではない。
知らない人の知らない部分が、意図せず見えてしまうのが怖いのだろうか。
少し納得した。 知っている人の家なら、玄関が開いていても同じ黒さには見えない気がする。 中に誰がいるかを知っているだけで、棚は棚のままでいられる。 知らない家では、棚が一度くらい人の肩になる。
なるほど、と歩幅を少し速めた。
ただ、知らないものが見えるのが怖いなら、空もかなり怪しい。 毎朝見ているが、中身はほとんど知らない。 高さも、雲の名前も、今日の青が昨日と何割違うのかも分からない。 それでも玄関ほどは怖くない。
では、意図せず知れてしまうことが問題なのか。 空は最初から見せる気でいる。玄関の奥は、たぶん私に見せるために開いていたわけではない。
たぶんそこだ、と一度決めた。
すぐに、扉を開けた本人は風を通したかっただけかもしれないと思った。 秘密にしていたわけでもない。 勝手に見て、勝手に秘密を発見したことにして、勝手に怖がっている。
少し不利になったので、空が明るすぎたことにした。
角を曲がる直前、もう一度だけ青い空が屋根の上に見えた。 玄関の中はもう見えない。 代わりに、白い塀の脇に置かれた茶色い植木鉢だけが残っていた。
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