快晴だった。空は朝から青く、雲は端のほうに薄いものが二つあるだけだった。 駅へ向かう道は白く照らされ、アスファルトの細かな石まで見える。 蝉の声はまだ一種類に聞こえた。七月の蝉を聞き分ける部署には配属されていない。

こんな空の日を見ると、小学生のころ、画用紙の空を青で全部塗ったことを思い出す。 先生に「よく晴れていますね」と言われた。 褒められたのか、塗りすぎを遠回しに指摘されたのかは今も分からない。 たぶん前者だと思うことにしている。二十年近く保留した案件なので、こちらにも少しくらい決定権がある。

その青の下に、一軒の家があった。

玄関の扉が十センチほど開いていた。正確に測ったわけではない。 靴一足なら通らず、猫なら少し考えるくらいの幅だった。 外壁は明るい灰色で、玄関脇の細い窓も少し開いている。 「空が明るすぎるせいで、家の中は黒く」見えた。

歩きながら、その黒いところを見てしまった。

奥に何か四角いものがあった。 棚かもしれない。 段ボールかもしれない。 人の肩にも見えたが、それはすぐに棚へ戻した。 知らない家の玄関に勝手に人を配置するのは、こちらの仕事ではない。

空は相変わらず全部を照らしていた。 電柱も、植木鉢も、白い自転車の籠も明るい。 その隣にだけ、玄関の奥が薄暗く残っている。 見えないのではなく、少し見える。 靴らしい形が二つ並び、その向こうに床の線が伸びていた。

怖い、という言葉が出てきた。

以前にも似たことがあった」気がする。 晴れた日の窓。 レースのカーテンが半分だけ寄っていて、室内のテレビ台らしい影が見えた。 あのときも空は妙に青かった。 曇りの日の記憶がないだけかもしれない。 記憶は天気予報ほど几帳面ではない。

知らない人の知らない部分が、意図せず見えてしまうのが怖いのだろうか。

少し納得した。 知っている人の家なら、玄関が開いていても同じ黒さには見えない気がする。 中に誰がいるかを知っているだけで、棚は棚のままでいられる。 知らない家では、棚が一度くらい人の肩になる。

なるほど、と歩幅を少し速めた。

ただ、知らないものが見えるのが怖いなら、空もかなり怪しい。 毎朝見ているが、中身はほとんど知らない。 高さも、雲の名前も、今日の青が昨日と何割違うのかも分からない。 それでも玄関ほどは怖くない。

では、意図せず知れてしまうことが問題なのか。 空は最初から見せる気でいる。玄関の奥は、たぶん私に見せるために開いていたわけではない。

たぶんそこだ、と一度決めた。

すぐに、扉を開けた本人は風を通したかっただけかもしれないと思った。 秘密にしていたわけでもない。 勝手に見て、勝手に秘密を発見したことにして、勝手に怖がっている。

少し不利になったので、空が明るすぎたことにした。

角を曲がる直前、もう一度だけ青い空が屋根の上に見えた。 玄関の中はもう見えない。 代わりに、白い塀の脇に置かれた茶色い植木鉢だけが残っていた。