三本のブラックコーヒーが同じ影に立っている
2026.07.15 (水)
朝の日差しが強かった。 店の入口の自動ドアが開くたびに、床へ細長い影が伸びたり縮んだりしていた。 その影は店の奥までは届かず、飲み物売り場の手前で止まっている。 冷蔵ケースだけは、外の天気と相談する気がないらしい。
ブラックコーヒーが三種類並んでいた。 缶が一本。ペットボトルが一本。少し背の高いボトル缶が一本。
どれも黒が多いラベルで、白い文字が乗っている。 値札を見ると十円か二十円くらいしか違わない。 冷気で少し曇った透明な棚の奥に、同じ向きを向いて立っていた。
その前へ立つと、自分の影が床に落ちる。
影だけが三本の前まで伸びていた。 どれでもいい気がした。どれでもよくない気もした。 選べるというより、選ぶ担当になってしまった感じがある。
そういえば昔はブラックコーヒーは一種類くらいしか見なかった気がする。 苦い飲み物として一括りだった。 それがいつの間にか、「深煎り」「キレ」「香り」「微糖ではないブラック」みたいな説明が増えた。 「苦さにも部署ができた」らしい。
影は相変わらず三本の前にある。
影は色を区別しない。 缶でもペットボトルでも同じ黒になる。 もしかすると影は、人間が増やした選択肢を少し雑に扱っているのかもしれない。
たぶん違う。 影にはそんな仕事は割り振られていない。 それでも、黒いラベルの前へ黒い影が重なると、全部同じ商品に見えてくる瞬間があった。
選択肢は増えると個性が出ると思っていたが、並び方によっては逆なのかもしれない。
似たものを三つ並べると、違いより同じところが先に見える。
いや、それも違う気がする。
「違いを見つける気が最初からなかった」だけだ。
朝だし。 会社へ向かう途中だし。 そこまでコーヒーに人生を預けていない。
そんな言い訳を頭の中で作ってから、別に誰にも責められていないことに気づく。 どうでもいいので、一番手前を取ろうとした。 途中で手を止めた。
「手前だから」という理由は、選んだことになるのだろうかと少しだけ思ったからだ。
だから二番目を見た。 三番目も見た。
結局、最初に見た一本を持った。 抵抗になっていない抵抗だった。
レジへ向かう途中、冷蔵ケースのガラスに自分の影が細く映っていた。 外の朝日と店の蛍光灯の間で、影だけが少し曖昧になっている。
あれは光が多いから薄く見えたのか、それとも選択肢が多いから薄く見えたのか。