牧場を出てしばらく走ると、車の中は少し静かになった。 牛は見終わると急に話題としての仕事を終えるらしい。 窓の外は同じような道路が続いていて、信号だけが一定の間隔で現れる。

カーナビの下にある時計は15時42分を表示していた。 赤い数字が一秒ごとに変わるわけではなく、分だけが静かに更新されるタイプだった。 その隣にはエアコンの温度が25℃と出ていて、数字同士なのに担当部署が違う顔をしている。

行き先の話になった。

「あそこでもいいんじゃない?」 「でも混んでそう。」

そんな言葉が前の席と後ろの席を行き来する。

その途中で、「さっき○○が言ってたけど」と誰かが言った。

時計は15時43分になっていた。

名前が先に来て、そのあとに言葉が続く。

順番としては当たり前なのだが、その並びだけ少し引っ掛かった。 時計も先に43という数字が出て、それから43分という意味をこちらが勝手につけている。 数字だけでは時間にならない。

だから名前だけでは引用にもならない。

たぶん逆も同じなのだろう。

誰かの考えだけを持ってきて、自分の口調で置いてしまうと、時計から数字だけ外して壁に貼るような感じになる。 43だけ残っても午後なのか朝なのか分からない。

そんなことを考え始めて、少しだけ確信しかけた。

引用には名前が必要なのではなく、言葉が元いた場所を忘れないために名前が残っているのではないか、と。

たぶんそういう仕組みだ。

いや、違うかもしれない。

時計は数字の出どころを毎回説明しない。 誰も「この43は42のあとに来ました」と紹介しない。 それでも困っていない。

なら人の言葉も案外平気なのかもしれない、と反論してみる。

でも「会話は時計ほど規則正しく動かない」。

途中で話が逸れ、誰が何を言ったのか少し曖昧になる。

だから「あのとき○○さんが言ったように」と名前が添えられるだけで、言葉は元の席へ戻っていく。

不思議なのは、名前を出された本人が少しだけ嬉しそうに見えることだった。

見えただけ」かもしれない。

フロントガラスに映った光のせいかもしれないので、そのまま見なかったことにした。

時計は15時44分になっていた。

数字だけが一つ進んだ。

誰の提案で次の行き先が決まったのかは、もう少しすると曖昧になる気がする。

名前だけは、残しておいたほうがいいのかもしれないと思いかけて、まだ15時は終わっていなかった。